文箱 4
か た く り |
この春はかたくり誰と見に行かむあの谷径を誰と歩まむ こぶし 布引の山に辛夷の花咲けばかたくり見むと日々落ちつかず やうやくに辿り着きたるかたくりの谷は静かに濡れて息づく 腹這ひてかたくりを撮る男あれば写るはずなき声ひそめ過ぐ |
春 |
うぐひすのもう一声を聞かむとて朝の食卓箸休め待つ 今朝も来て桜の枝に鳴くつぐみ障子に映る影くきやかに しじゅうから 四十雀が郵便受けを覗きいる春の午後なり手紙書かむか 庭巡る流れの音の安らけしこは胎内で聞きし音やも 陸橋の工事現場に人動き山並遠く春がすみする |
春近し 2001年、他 |
霜柱踏みつつ哀し人間は破壊の願望潜め持つらし 対岸にこだま生みつつたうたうと雪解の川は村を貫く 静かなる午後を一陣の風立ちて雪積む竹を起こして行きぬ 北屋根の樋よりあふるる雪解水春の調べをひねもす奏づ 沢閉ざす氷も解けてちろちろと楽しき音に流れ来るなり 雪消えし村の谷間にこだまして幾月ぶりかのチェーンソー鳴る 春一番吹き荒れ過ぎてめん鳥の産卵知らす声甲高し |
北信濃 1999年 |
こ 息子の妻となる人の里は北信濃雪かき片手に迎へられたり 玄関に静物画一枚掲げあり息子のフィアンセは美術の教師 結納の品々置かるる床を背に遥遥と来てもてなしを受く 帰り道を案じて上ぐる雪見障子降りしきる雪に庭木も見えず あうら 息子の妻となる人と歩む雪国の消雪道路は足裏に温し 雪の舞ふ駐車場に息子の待つを見て駆け出して行く汝愛らし 長男のフィアンセの家ゆ賜ひたるなめこの味噌汁朝毎うまし |
哀しさに鳴くこともあらむ小綬鶏の鋭き声は雪野越えゆく
ハルニレの樹によりかかり眼を閉ぢて鳥の声聴く森の日溜まり しじゅうから こぼ 四十雀ついと飛び立つ小枝より陽に光りつつ淡雪零る 夜の森をわき目も振らず走りしや猪荒き足跡残す 谷底へ一直線に下りて行く狐の足跡雪を乱さず 根方より森の奥へと続きいるリスの足跡戻りてをらず おだ 野ウサギと狐の足跡交差する雪の野原に冬の日穏し 雪明りに遊びし獣を眠らせて森はうらうら柔き陽を浴ぶ |
霧 氷 |
落葉松に陽の射しくれば微かなる霧氷零れて頬に冷たし 乾きたる落ち葉の上にさらさらとかそけき音に霧氷降りくる ひ ぞ 乾反り葉の窪みにわづか溜まりたる霧氷のかけらひねもす解けず さらさらと霧氷を零す落葉松に啄木鳥の赤き頭が動く いかる ハルニレの枝に斑鳩の群れの見ゆ冬なれば歌はず陽に向きている 枯れ枝も落ち葉も氷に閉ぢ込めて森の小川の流れ細かり |