病篤き母 2002年6月

 

   詠まむとて思へば涙溢れ出で篤き病の母詠み難し

   選択肢はいずれも母に酷なれば医師の前にて我ら黙せり

   手術後のガス出ぬ苦痛におののきて今夜を越せぬと母訴ふる

   慰めも苦痛の前に効果なく酸素マスクの下にあへぎつ

   点滴の漏れたる跡の青黒き腕を拭きつつ涙こらふる

   十日前よりも弛みてなを細きすね擦りつつ夜をすごしをり

   また来ると言へばみるみる潤みくる母のまなこの光弱かり

   回数券の足りなくなるを願ひつつ母の命ををろがみに行く

   病院ゆ戻りて実家に降り立てば夜のしじまにホトトギス鳴く

   元気なる母在る幸を時折りは誇りもせしが今は虚しき

                                               


母よ帰らむ    2002年7月

  ☆ 点滴も傷の手当ても吾がなさむ母よ帰らむ父待つ家へ

  ☆ 病院にはもう戻らぬと言ひ残し我らの母を連れて帰りぬ

  ☆ 炎天の移動で命縮むとも父と過ごせる時をつくらむ

  ☆ 浮腫みたる母の手足を擦りゐる父の背中の丸くなりたり

  ☆ 桃の汁旨しと言ひしが最後にて頷くだけの日を過ごしをり

  ☆ 母さんの育てし木槿が咲きゐると言へどうつうつ眠り続くる

  ☆ 水も要らぬ果汁も要らぬと首を振る母よ一口せめてひと口

  ☆ 今日の日を忘れてならぬ予感して庭の花々カメラに収む

  ☆ 今まさに終の別れの時迫り怖くないよと手を握り締む

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